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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)301号 判決

原告

甲野株式会社

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

宇井正一

被告

特許庁長官荒井寿光

右指定代理人

比佐和枝

外三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が、原告の平成三年審判第一九四三五号の審判請求(以下「本件審判請求」という。)に対し、平成四年一〇月二日付けでした審判請求無効の処分(以下「本件無効処分」という。)、並びに、原告の同年一二月九日付け追認書(以下「本件追認書」という。)及び同日付け審判請求理由補充書(以下「本件理由補充書」という。)に対し、同五年一月五日付けでした不受理処分(以下「本件不受理処分」という。)をいずれも取り消す。

第三  事案の概要

本件は、原告が、手続補正指令書に指定した期間内に補正書の提出がなかったことを理由として本件審判請求についてなされた本件無効処分について、手続補正指令書が原告の代理人らの事務所に到達していないなどとして、その取消しを求めるとともに、本件無効処分に対する行政不服審査法四五条所定の異議申立の期間内に提出した本件追認書及び本件理由補充書に対する本件不受理処分の取消しを求めている事案である。

一  前提事実(争いがない。)

1  原告は、昭和五六年一一月二四日付けで、発明の名称を「農業用フィルム」とする特許出願(昭和五六年特許願第一八八二四五号。以下「本件出願」という。)をした。

2  特許庁審査官は、本件出願に対し、特許を受けることができないものであるとして、平成三年七月二五日付けで拒絶すべき旨の査定(以下「本件拒絶査定」という。)をした。

3  原告は、本件拒絶査定に対し、弁護士乙野次郎及び弁理士丙野三郎(以下「右両名を「原告代理人ら」という。)を代理人として、平成三年一〇月九日付け審判請求書(以下「本件審判請求書」という。)を提出し、本件審判請求をなした。本件審判請求書には、「請求の理由」の記載がなく、「委任状」が添付されていなかったが、請求の理由は追って補充し、委任状は追完する旨が記載されていた。

4  原告代理人らは、平成三年一一月六日付けで、特許法(平成五年法律第二六号改正前。以下同じ。)一七条の三に基づく本件出願についての手続補正書(以下「一一月六日付け補正書」という。)及び特許庁審査官に面接を求める上申書を提出したが、一一月六日付け補正書に誤記があったため、再度、同月七日付けで、特許法一七条の三に基づく手続補正書(以下「一一月七日付け補正書」という。)及び特許庁審査官に面接を求める上申書を提出した。

5  特許庁担当官は、一一月六日付け補正書及び同日付け上申書並びに一一月七日付け補正書及び同日付け上申書について、原告代理人らの事務所に電話連絡し、一一月六日付け補正書及び同日付け上申書を不受理処分にして返却することになった。

6  被告は、平成四年一月二一日付けで、一一月六日付け補正書及び同日付け上申書を不受理処分とし、その処分書とともに、これを封筒に封入し(以下同処分書と一一月六日付け補正書及び同日付け上申書とを併せて「本件不受理書類」という。)、同年二月一八日、これを乙野代理人あてに書留郵便で発送し(以下「本件封書」という。)、本件不受理書類は翌一九日配達された(なお、被告は、本件封書には、本件不受理書類とともに、本件審判請求について、書面発送の日から三〇日以内に請求の理由を記載した適正な審判請求書及び代理権を証明する書面を添付した手続補正書(方式)の提出を命じる同年一月二四日付けの手続補正指令書(方式)(以下「補正書補正指令書」という。)が同封されて、同日配達された旨主張し、原告は、これを否認している。)。

7  被告は、原告から本件審判請求についての請求の理由を記載した書面も代理権を証する書面も提出されなかったため、平成四年一〇月二日付けで、指定の期間内に手続補正書の提出がなかったことを理由として本件審判請求を無効にする旨の本件無効処分をした。本件無効処分の謄本は、同月二七日、乙野代理人あてに発送され、翌二八日、同人に送達された。

8  原告は、被告に対し、本件無効処分を不服として、平成四年一二月二日、行政不服審査法による異議申立てをし、同月九日、原告代理人らが行った行為を特許法一六条二項に基づき追認する旨記載した本件追認書及び本件理由補充書を提出した。

9  被告は、本件追認書及び本件理由補充書について、平成五年一月五日付けで、「請求無効確定後の差出」との理由で本件不受理処分をしたが、原告は、これを不服として同年三月一六日、行政不服審査法による異議申立てをした。

被告は、本件無効処分に対する平成四年一二月二日付け異議申立て及び本件不受理処分に対する平成五年三月一六日付け異議申立てを併合して、平成七年一〇月二六日付けで、いずれも異議申立ての理由がないとして棄却する旨の決定をし、右決定は、翌二七日、原告代理人らに送達された。

二  本件無効処分の適法性に関する争点

1  本件補正指令書は、原告代理人らが所属する事務所へ配達されたか否か。

2  本件補正指令書は、特別送達されるべき書類か否か。

3  審判請求書の補正は、審判請求を無効にする旨の処分が送達された後であっても、同処分確定前であれば可能か。

三  本件不受理処分の適法性に関する争点

前記二3と同じ。

第三  争点に対する判断

一  本件無効処分の適法性について

本件審判請求書には、前記第二・一3のとおり、「請求の理由」の記載がなく、「委任状」が添付されておらず、請求の理由は追って補充し、委任状は追完する旨が記載されていた。

審判を請求する者は、請求の理由を記載した請求書を被告に提出しなければならず(特許法一三一条一項三号)、特許出願、請求その他特許に関する手続をする者の代理人の代理権は書面をもって証明しなければならない(同法一〇条)のであるから、本件審判請求の手続は、審判請求書に請求の理由が記載されておらず、代理権を証明する書面(委任状)が添付されていないという二点で、同法に定める方式に違反するものであった。

本件不受理書類は、前記第二・一6のとおり、本件封書に封入され、平成四年二月一八日被告から書留郵便で乙野代理人あてに発送され、翌一九日配達されているところ、被告は、本件不受理書類とともに、特許法一七条二項に基づき、書面発送の日から三〇日以内に請求の理由を記載した適正な審判請求書及び代理権を証明する書面を添付した手続補正書(方式)の提出を命じる同年一月二四日付けの本件補正指令書が本件封書に同封されて配達され、この期間内に原告からその補正がなされなかったため、同法一八条一項に基づき、本件審判請求について本件無効処分をした旨主張し、原告は、本件補正指令書が原告代理人ら事務所に配達されたことを否認している。

1  本件補正指令書が原告代理人らが所属する事務所へ配達されたか否か。

(一) 証拠(乙一六の1・2、一七の1ないし3、一八、一九、証人加藤、同戸田)及び弁論の全趣旨によれば、特許庁における手続補正指令書の作成及び発送の手続等は、次のとおりであると認められる。

(1) 特許庁では、審判請求書が提出されると、出願課受付で受付印を押し、審判番号を付与した後、書記課に回付する。

(2) その後、審判請求書の謄本は、書記課から電子計算機業務課に回付され、そこで電算機に、手数料額、請求日、受付日、審判番号、事件の表示、発明の名称、発明の数、請求人の住所及び名称(氏名)、請求人代理人の住所及び氏名が入力され、電算機からは、方式調査メモに審判番号、出願・登録番号、受付日及び係コードの数字が記入されたものや記録表紙等が出力され、これらの出力された書類は書記課に回付される。

(3) 書記課の審判記録担当は、記録表紙に審判請求書の正本等を綴って、記録綴りを作成し、そこに方式調査メモ等を挟み込み、出願書類一式の包袋とともに記録袋に入れ、同課の方式専門職に回付する。

(4) 方式専門職は、方式調査メモと審判請求書とを照合して、審判請求書の方式審査を行い、審判請求書に所定の方式に違反している事項がある場合に、方式調査メモの処分欄「指令」の項及び決缺(欠缺)事項欄の該当する事項に「―」印を記入するとともに、欠缺事項をメモした方式不備メモを記録袋に貼る。右の方式調査メモを電算機に入力すると、決裁欄のある手続補正指令書及び送付票(送付先、事件番号及び送付する書類名が記載されたもの)が一連となったものと、請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書及び送付票が一連となったものとが一対となって電算機から出力される。

方式専門職は、一か月分まとめて出力された手続補正指令書及び送付票が一連となったものを審判番号順に記録袋にクリップで留めていく。その後、方式専門職は、記録袋の中から記録綴りと包袋を取り出し、決裁欄のある手続補正指令書及び送付票と請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書及び送付票の間にカーボン紙を挟み入れ、審判請求書と記録袋に貼った方式不備メモとを照合しながら、決裁欄のある手続補正指令書の手続の補正を命じる事項に「○」印を記入し、その他必要がある場合には必要事項を記載する(請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書にもカーボンによって同一の記載が表示される。)。方式専門職は、記録綴りと包袋を記録袋に入れ、右のようにして記載された決裁欄のある手続補正指令書及び送付票、並びに、請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書及び送付票を窓開き封筒とともに記録袋にクリップで留め、統括方式審査専門職等の決裁を受け、決裁印が押された手続補正指令書(以下「原議」という。)は、特許庁に保存される。

(5) 方式専門職は、決裁が終わった手続補正指令書(原議)、請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書及び送付票、並びに、窓開き封筒がクリップで留められた記録袋を脇机に積み上げ、一件毎に机の中央に持ってきて、請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書と原議との間に発送日を表示した契印を押し、請求人又はその代理人に送付される手続補正指令書を、これに一連となっている送付票と切り離し、その後直ちにこの手続補正指令書及び送付先、送付書類名が記載された送付票を一緒に窓開き封筒に入れ、封をする(送付票は、送付先、送付書類名が封筒の窓枠を通して見えるように封入される。)。

また、方式専門職は、請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書と送付票とを封入する際、そのほかに当該審判請求に係る同封する書類が記録袋に留められている場合には、送付票にその書類の表示をゴム印で押印するか又は手書きで記入し、その書類も送付票及び手続補正指令書と一緒に封筒に入れ、封をする。

方式専門職が原議と請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書との間に契印を押してから、請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書と送付票を切り離し、これらを封筒に入れ封をするとの作業は、常に連続して行われるものであり、それに要する時間は数十秒未満である。

また、方式専門職は、常に、自己の机の上で、右の一連の発送封書の作成作業を一件毎に完了するものであり、一件の作業が終了した後は、その後に発送封書及びその記録袋を机の端の空いたスペースに置き、次の発送封書及びその記録袋を机の上に置いて、次の発送封書の作成にとりかかるものであり、別件の書類が発送封書に紛れ込む可能性は極めて少ない。

なお、方式専門職は、原議を記録綴りに綴って保管するが、原議に一連となっている送付票は、切り離して廃棄するため、右送付票は、記録綴りに保管されない。

(6) 方式専門職は、その後、発送封書を審査第一部方式審査第二課発送係に渡し、発送係は、発送日に、東京中央郵便局で書留郵便に付してこれを発送する。

(7) 特許庁では、これまでに、以上のような手続補正指令書の発送について、発送封書に送付票が入っていたのに手続補正指令書が入っていなかったとか、手続補正指令書が他の発送封書に誤って入っていた旨の指摘が寄せられたことはない。なお、発送係が同一送付先へ複数の封書をまとめて一つの封書に入れて発送する合送の場合に、発送封書をその宛先とは違う別の送付先の合送用の封筒に入れて誤って合送してしまったことは稀に生じるのであるが、これは、発送の段階における合送作業の際に生じる過誤であり、発送封書の送付票に記載された書類が同封書に入っていなかったとの過誤とは異なるものである。

また、原告代理人らの事務所へ特許庁から送付される郵便物は、年に一万ないし二万通あり、そのうち誤送も年に数件程度あるが、それらは、封書に封入されている書類と異なる宛名が誤って封書に記載されていたり、代理人が交代しているのに前の代理人に送付されたりしたものであり、前記のとおり、電算機で処理されて出力された送付票が入っており、その送付票の送付先も間違いないのに、その送付票に記載されている書類が封入されていなかったことはなかった(本件がこの例外に当たるか否かは後に判断するとおりである。)。

(二) 本件については、特許庁に本件補正指令書の原議が保存されており、それには「Ⅰ.適正な審判請求書。」、「8.請求の理由を記載したもの。」及び「Ⅰ.代理権を証明する書面。」の各数字部分(三箇所)に「○」印が記入されていて、上部の決裁印の欄の方式専門職の欄に「古田島」の印が、主任専門職の欄に「星野」の印が、統括専門職の欄と課長の欄にまたがって「清水」の印がそれぞれ押されており、「手続補正指令書(方式)」という表題の下に、「発送日」「4・2・18」、及び「契」の字の上部を残す契印が押印されている(乙四)。

また、本件補正指令書の原議と一体に作成された送付票は、前記のとおり既に分離され、廃棄されているが、乙野代理人宛に書留郵便で郵送された本件封書には、少なくとも本件不受理書類及び本件送付票が封入されており、本件送付票には、宛名人欄に、乙野代理人の氏名及び同代理人の事務所の住所の記載があるほか、「平成3年審判第19435号」、「補正指令書」及び「不受理」という記載があり、その記載が本件封書の窓枠から見えるように本件封書に封入されていた(乙六、証人丙野、同戸田)。

(三) 右(一)、(二)の事実によれば、本件審判請求については、特許庁の方式専門職によって、方式審理がなされ、その結果、「Ⅰ.適正な審判請求書。」、「8.請求の理由を記載したもの。」及び「Ⅰ.代理権を証明する書面。」の各数字部分(三箇所)に「○」印が記入された原議及び本件補正指令書、並びに、本件送付票が作成され、その後、本件補正指令書と原議とが契印され、本件補正指令書と本件送付票とが切り離され、少なくとも本件送付票及び本件不受理書類が封入された本件封書が書留郵便で原告代理人ら事務所に配達されたことは明らかである。

(四) 証拠(甲二、三、乙五ないし八、二〇、証人丙野、同戸田及び同加藤)並びに弁論の全趣旨によれば、特許庁から送付された書類の原告代理人らの事務所での取扱い及び本件封書についての処理等は、次のとおりであると認められる。

(1) 原告代理人らの事務所では、送られてきた郵便物についての処理は、一般的に、次のとおりである。

受付担当者は、特許庁からの郵便物を優先して処理し、まず全受信物に受信日付印を押捺した上で、封筒の外観、大きさから合送と単送とを判断し、合送と判断した郵便物については、その郵便物内の合送物目録を取り出して保存し、その他の単送と判断された郵便物は、封書を開封せずに三通ないし四通ずつまとめてコピーし、そのコピーを保存する。

次に、受付担当者は、在中書類を確認して、内国課、外内課、内外課、年金課等に振り分けて各課に回付する。

各課における事務担当は、在中書類を確認して、対応しなければならない期限が設定されている書類については、原則として、期限管理のため電算機に入力をしたうえ、技術担当者に書類を回付する。

(2) 本件審判請求については、技術担当者である丙野代理人が中心となって手続等を行っており、乙野代理人は実質的には本件審判請求について関与していなかった。丙野代理人は、被告に対し、本件審判請求書を提出したが、その段階で委任状ができていなかったので、追って補充することとし、請求の理由も記載しなかったが、審査官に再度の審査をさせる特許法一六一条の二所定の審査前置の手続に移管させるため、本件審判請求から三〇日以内である平成三年一一月六日に、明細書の特許請求の範囲及び詳細な説明を補正する一一月六日付け補正書並びに明細書を補正した後の本件出願の発明には進歩性がある旨及び審査官に面談したい旨を記載した審査官に対する同日付け上申書を提出した。しかし、一一月六日付け補正書に誤記があったため、原告代理人らの事務所の事務担当者は、自己の判断で誤記を訂正した一一月七日付け補正書及び同日付け上申書を提出し、丙野代理人にその旨を報告した。その後、右事務担当者は、特許庁の担当者からの連絡に応対して、一一月六日付け補正書及び同日付け上申書を不受理処分にすることで合意し、丙野代理人にその旨を報告して事後承諾を得た。

一方、丙野代理人は、一一月七日付け補正書及び同日付け上申書を提出してあることから、本件審判請求は、方式審査を経ることなく、審査前置に当然に移管され、審査官から面談についての連絡があると考えていたため、審査官と面談する前に、本件審判請求について手続補正指令書が発せられることはないと考えていた。そのため、丙野代理人は、委任状と請求の理由の補充は、審査官との面談の段階で追完する予定にしていた。

(3) 本件封書は、平成四年二月一九日に原告代理人ら事務所に配達され、同日付けの同事務所の受信印が押され、同月二〇日付けの「丁野」の印が押された後、単独で郵送されたものとして、他の封書とともにコピーされ、そのコピーが保存された。

その後、本件封書は、在中書類が封筒から出され、封筒とともにクリップで止められた状態で丙野代理人に回付された。なお、原告代理人らは、本件出願については、出願当初からではなく本件拒絶査定があった後に依頼を受け、本件審判請求から関与するようになったこともあってか、本件封書を受理した時点でも事件管理のための電算機への入力はされておらず、期限管理のための電算機への入力のための手続も行われなかった。

(4) 丙野代理人は、クリップで止められた本件封書の封筒と在中書類を見て、事務担当者が不受理処分にすることで合意した一一月六日付け補正書及び同日付け上申書だと思い、書類の一部の頁をぱらぱらと見ただけで、在中書類のすべてを確認することなく、そのまま国内課の事務担当の女性に封筒と在中書類のすべてを返却した。したがって、本件封書の封筒及び在中書類は、本件審判請求の関係書類としてファイルに保存されてはおらず、また、事務担当者は、書類の保管場所を有しないため、本件封書の封筒及び在中書類は既に廃棄されてしまっている。また、丙野代理人は、前記のとおり、審査官と面談する前に手続補正指令書が発せられることはないと考えていたこともあってか、本件封書に封入されていた本件送付票には在中書類として「補正指令書」「不受理」との記載があったのであるが、これを見ても、在中書類に封入されているべき手続補正指令書が不足しているという認識は持たず、単に、不受理となった手続補正書が返却されたものと考えていた。

結局、原告代理人ら事務所では、受付担当者から丙野代理人に至るまで、本件送付票に事件番号のほか「補正指令書」「不受理」と記載されていたにもかかわらず、補正指令書が不足しているという認識を持った者はおらず、その後も、本件無効処分が送達されるまで、このような認識を持った者はいなかった。

なお、甲二の陳述書には、「本件書留郵便の表面に、封書の内容として『平成3年審判第19435号補正指令書』及び『不受理』と記載されてはいても、実際には補正指令書が入っていなかったことは、……技術担当者の手に渡って初めて発見された」、「当該技術担当者としては、補正指令書が封入されていないことに気付いた」という記載があるが、右記載は、証人丙野の証言に照らし、採用できない。

(五) 特許法一二一条一項に規定する審判請求がなされ、その請求の日から三〇日以内に特許出願の願書に添付した明細書又は図面について補正がなされたとき(同法一七条一項ただし書、一七条の二第四号又は一七条の三第一項)は、被告は、審査官にその請求を審査させなければならないのであるが(同法一六一条の二)、その場合も、まず、審判請求書及び手続補正書の方式審査をし、審判請求書及び手続補正書の方式が特許法又は同法に基づく命令で定める方式に違反しているときは、被告は、相当の期間を指定して、手続の補正をすべきことを命ずるのであり(同法一七条二項)、このような場合については、方式が不備なままで審査前置に移管されることはない。また、特許庁では、方式審査を終了し、審査前置に移管するときは、審査前置移管通知を請求人又はその代理人に送付する取扱いとなっている(甲二〇)。

前記(三)によれば、本件も特許法の定めるところにより、右の取り扱いに従って処理されたものであり、本件審判請求には、前記のような方式不備があったため、まず、本件補正指令書が作成され、その発送の手続が取られ、また、本件では、前記の審査前置移管通知は、方式審査の手続が完了していなかったため原告代理人らに送付されていなかったものであるが、審査前置に移管するときは、その旨の通知を送付するとの手続については、丙野代理人も認識していた(証人丙野)。

(六) 以上の(一)ないし(五)によれば、本件補正指令書が原告代理人ら事務所に配達されたか否かについては、次のとおり認めるのが相当である。

(1) 特許庁においては、手続補正指令書とその送付票とは、電算機により一連のものとして出力され、これらを送付票記載の送付先へ発送する封書へ封入する段階で、原議と請求人又はその代理人に送付する手続補正指令書との間に契印がされた後、送付票が切り離され、手続補正指令書は、直ちにその送付票及び他に送付する書類がある場合にはそれらとともに、窓開き封筒に入れられ、封をされるのであり、手続補正指令書に契印が押されてから、全部の書類が封入されるまでの作業は連続的になされ、それに要する時間は、数十秒未満のものであり、また、方式専門職は、一件毎に右のような発送封書の作成作業を行っていることからすると、封筒に送付票が封入されているにもかかわらず、手続補正指令書が他の封筒に混じったり、廃棄されるなどして、当該封筒に封入されないという可能性は、他の書類を同封する場合であっても、極めて低い。

そして、本件においても、本件補正指令書と原議との間に契印がなされた後、本件補正指令書と本件送付票とは直ちに切り離され、かつ、本件送付票は、本件不受理書類とともに、本件封書で発送され、原告代理人ら事務所に現に配達されているのであるから、本件補正指令書が、本件送付票とともに本件封書に同封して発送され、原告代理人ら事務所に配達された蓋然性は極めて高いものと認められる。

(2) これに対し、原告代理人ら事務所では、本件封書は、丙野代理人の手元に届けられる前に開封され、在中書類が封筒から出されて、封筒とともにクリップで止められた状態になっており、開封後少なくとも受付担当者と内国課の担当者の二名か又はそれより多人数の者を経由して丙野代理人の元へ届けられているのであるが、丙野代理人を含め、本件無効処分が送達されるまで、本件封書の在中書類として、手続補正指令書が封入されているはずであるという認識を持った者はいなかったのであるし、また、丙野代理人は、審査官と面談する前に手続補正指令書が発せられることはないと思い込んでおり、クリップで止められた本件封書中の本件送達票及びその在中書類の一部の頁をぱらぱらと見て、事務担当者が不受理処分にすることで合意した一一月六日付け補正書及び同日付け上申書が返却されたものと思い、在中書類のすべてを確認することなく、そのまま国内課の事務担当の女性に在中書類のすべてを返却してしまい、その後、本件封書は、封筒及び在中書類を含め、本件審判請求の関係書類として保存されてはおらず、廃棄されているのである。

(3) 以上によれば、被告は、本件審判請求について、本件補正指令書を作成しており、かつ、その発送手続において、本件補正指令書を本件送付票とともに本件封書に封入して原告代理人ら事務所に配達した蓋然性は、極めて高いのに対し、原告代理人ら事務所においては、丙野代理人は、本件封書中に本件補正指令書が封入されているとの認識がなかったため、在中書類の一部の頁を見ただけで、在中書類のすべてを確認することなく、そのまま事務担当の女性に返却し、これを既に廃棄してしまっているのであるから、本件補正指令書は、本件送付票及び本件不受理書類とともに本件封書に封入されて原告代理人らの事務所に配達されたものと認めるのが相当である。

2  本件補正指令書は、特別送達されるべき書類か否か。

原告は、特許法一九〇条、民事訴訟法一七二条によれば、審査に関する書類は書留郵便に付して発送することができる旨規定されているが、審判請求書に係る手続補正指令書は、審判に関する書類であると解さなければならないから、本件補正指令書は、郵便法六六条に規定する特別送達に付されるべきであった旨主張するので、この点について判断する。

特許法は、どのような書類を送達すべき書類とするかについて、個別の条文で規定するほか、同法一八九条で通商産業省令(同法施行規則)に委ねている。

審判に関する書類について、同法は、審判請求書の副本(同法一三四条一項)、答弁書の副本(同条二項)、口頭審理により審判する旨を記載した書面(同法一四五条三項)、参加申請書の副本(同法一四九条二項)、証拠調期日の呼出状(同法一五一条、民事訴訟法一五四条一項)、審決の謄本(特許法一五七条三項)を送達すべき書類としており、同法一八九条、同法施行規則一六条は、同法一七条二項の補正期間内に手続の補正をしなかった場合の手続の無効処分の決定(同法一八条)の謄本等を送達する書類としているが、同法一七条二項に基づく手続補正指令書は、法令上送達すべき書類とはされていない。

原告の主張する同法一九〇条、民事訴訟法一七二条は、特許法又は同法施行規則によって送達する書類とされたものの中で、書留郵便に付する送達を採用することができるものを定めている規定であり、そもそも同法又は同法施行規則で送達する書類とされていない同法一七条二項に基づく手続補正指令書とは関係のない規定である。

したがって、本件補正指令書は、法令上送達すべき書類に当たらないのであるから、本件補正指令書が、郵便法六六条に規定する特別送達によらず、書留郵便に付して発送されたことをもって、本件補正指令書の送付が違法となるということはできない。

3  審判請求書の補正は、審判請求を無効にする旨の処分が送達された後であっても、同処分確定前であれば可能か。

原告は、本件審判請求の方式上の不備のように、本質的に形式的な瑕疵については、審判請求の無効処分が確定するまでは、補正が可能であると解するのが相当であり、本件では、本件無効処分の確定前に本件追認書及び本件理由補充書が提出されているのであるから、本件審判請求は瑕疵が治癒されている旨主張する。

しかし、審判請求についての手続の無効処分は、被告が請求人を相手方として行う行政処分であるから、これについての違法性は、処分の時点における事実状態を前提として判断されなければならず、その後の事情の変化によって、後発的に違法とされるべきものではない。これは、審判請求についての請求人側の瑕疵が実質的か形式的かによって左右されるものでもない。

本件無効処分は、平成四年一〇月二七日、被告から乙野代理人あてに発送されており、それによって本件無効処分は外部的に成立し、翌二八日、原告代理人ら事務所に送達されることによって、その効力が発生しているのである。そして、本件無効処分は、右の時点において、前記のとおり適法なものであったのであるから、その後、本件無効処分の前提となった本件審判請求についての瑕疵を補正する本件追認書及び本件理由補充書が提出されたとしても、このような事情によって事後的に違法な処分となるものではない。

原告は、民事訴訟における訴訟代理権の欠缺については、上訴審でも追認が可能であり(最高裁判所昭和四七年九月一日判決・民集二六巻七号一二八九頁)、この原則は、行政事件訴訟にも適用されるのであるから、準司法手続である特許庁における審判手続にも適用されるべきである旨主張する。

しかし、特許法一七条二項、一八条は、特許出願、審判請求、その他特許に関する手続が方式に違反していたり、これについて納付すべき手数料を納付しない場合等に、相当の期間を指定してその補正を命じ、その期間内に補正をしない場合には手続を無効にすることができることを規定して、手続的な不備について、早期にその決着をはかろうとするものである。したがって、無効処分について、原告が主張するように、無効処分が確定するまでは補正が可能であるとすれば、無効処分についての異議申立を経て、取消訴訟が確定するまで補正ができることになってしまい、右のような特許法の趣旨が没却されてしまうことは明らかであり、原告の主張は採用できない。

また、原告は、特許法一六条二項に基づく追認は無効処分があった後であってもそれが確定するまでの間は可能であると解すべきである旨主張する。

しかし、同法一六条二項に基づく追認についても、前記のような特許法の趣旨に鑑み、無効処分があった後は、行うことができないと解すべきである。

以上のとおり、本件無効処分後においても手続の補正が可能である旨の原告の主張はいずれも理由がない。

4  以上によれば、本件補正指令書は、原告代理人らに適法に到達しており、原告は、本件補正指令書で指定された本件補正指令書発送の日である平成四年二月一八日から三〇日以内に、請求の理由を記載した書面も代理権を証する書面も提出しなかったのであるから、本件無効処分は適法と認められる。

二  本件不受理処分の適法性について

前記一3のとおり、審判請求を無効とする処分は、その発送時の事実状態を前提として違法性が判断され、その後の事情によって影響を受けないものであるから、審判請求についての方式上の瑕疵の補正は、無効処分がなされるまでにしなければならないものである。

そして、本件追認書及び本件理由補充書は、本件無効処分がなされた後に提出されたものであるから、本件無効処分の前提となった本件審判請求の方式上の瑕疵を補正することはできないものであり、受理する意味のない書類である以上、これらを受理しなかったことは適法と認められる。

なお、原告は、本件不受理処分は、「請求無効確定後の差出」を理由とするものであり、本件追認書及び本件理由補充書が特許庁に提出された時点では本件審判請求の無効は確定していないので、不受理処分は取り消されなければならない旨主張する。

確かに、本件追認書及び本件理由補充書が特許庁に提出された時点で、本件審判請求の無効処分が確定していないことは原告の主張するとおりであり、被告は、本来は、「請求無効後の差出」との理由を表示すべきであったのであるが、原告自身本件無効処分については異議申立をしているのであるから、「請求無効確定後の差出」との理由も右の趣旨に善解できないわけでもなく、また、そもそも、本件訴訟においては、本件不受理処分の適法性一般が審理の対象となっているのであるから、右のとおり、被告が本件追認書及び本件理由補充書を受理しなかったことが適法と認められる以上、本件不受理処分の理由がこのような趣旨を適切に表現するものではなかったとしても、これによって、本件不受理処分が違法となるものではない。

よって、本件不受理処分は適法と認められる。

三  結論

以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官設樂隆一 裁判官橋本英史 裁判官長谷川恭弘)

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